昨年より、技術指導のために上海のベンチャー企業へ定期的に訪問しています。ニュースでも連日報じられている通り、中国経済の減速、特に不動産市況の悪化は、現地に身を置くと肌感覚としてひしひしと伝わってきます。
私が滞在しているエリアは、上海政府が肝煎りで開発を進める「経済特区」です。広大な敷地に立派なインキュベーションセンターが建設され、多くの企業誘致が行われています。しかし、実際に稼働しているのは半分程度という印象です。
夜、ホテルに戻り窓の外を眺めると、その光景はさらに顕著になります。特区周辺には、将来の人口増加を見込んで建設されたタワーマンションが林立していますが、夜になってもほとんど明かりが灯りません。いわゆる「ゴーストタウン」に近い静けさが漂っています。
誰もいない巨大ショッピングモールでの対話
人口流入を見込んで建設されたのは住居だけではありません。私の知る限り、滞在先の周辺には3つの巨大なショッピングモールがあります。しかし、これらもまた、閑散としています。
ある晩、中国企業との仕事が長い日本人の方と、その寂れたモールで食事をしていました。広大なフロアに客はまばら。静まり返った空間で、私は素朴な疑問を彼にぶつけました。
「なぜ、これほど入居者が少ないのに、こんなに多くの巨大モールが乱立しているのでしょうか?」
明らかに需給バランスが崩れている現状を目の当たりにしての質問でした。しかし、彼の答えは、私の想定していた「計画の杜撰さ」を指摘するものではなく、もっと根本的な「マインドセットの違い」を示唆するものでした。
「中国の人々はこう考えるんです。『政府がこれだけ力を入れて特区を作ったのだから、きっと人が集まる。人が集まればマンションが必要になるし、当然モールも必要になる』と。
彼らは、『人が集まらないかもしれない(失敗する)』というリスクよりも、『利益を得られるかもしれない機会を失う』というリスクの方を重く見ているのです」
「機会損失」を恐れない強さと、日本の30年
現在の寂れ具合を見れば、「見込みが甘かったのではないか」「無謀な投資だ」と批判するのは簡単です。実際、そのリスクは顕在化しており、経済的な痛みを生んでいます。
しかし、その言葉を聞いた瞬間、私は翻って日本のことを考えずにはいられませんでした。
私たち日本企業は、過去30年、「失われた30年」と呼ばれる停滞期を過ごしてきました。バブル崩壊以降、私たちはあまりにも「失敗するリスク」に過敏になりすぎてはいなかったでしょうか?
- 「もし失敗したらどう責任を取るのか」
- 「前例がないからやめておこう」
- 「石橋を叩いて、結局渡らない」
そうやって慎重に慎重を重ねている間に、世界は猛烈なスピードで変化し、多くのチャンス(機会)が目の前を通り過ぎていきました。中国の空っぽのモールは「過剰なリスクテイク」の結果かもしれませんが、今の日本の停滞は「過度なリスク回避」による「機会損失(オポチュニティ・ロス)」の集積ではないかと思えてならないのです。
組織改革・女性活躍における「リスク」の捉え直し
この話は、弊社の扱う「組織改革」や「女性活躍推進」にも通じます。
女性を管理職に登用する際、あるいは新しい制度を導入する際、多くの日本企業では「失敗しないこと」が最優先されます。「彼女に任せて大丈夫か?」「もしうまくいかなかったら現場が混乱する」といった議論ばかりが先行します。
しかし、ここで私たちが真剣に考えるべきは、もう一方のリスクです。
- 優秀な女性社員が、活躍の場がないと見切りをつけて退職してしまう「機会損失のリスク」
- 同質的な組織のままで、新しいイノベーションが生まれずに衰退していく「機会損失のリスク」
上海の閑散としたモールを見て、「失敗」を笑うことはできません。彼らは少なくとも、打席に立ち、バットを振ったのです。私たち日本企業に必要なのは、無謀な投資をすることではありません。しかし、「何もしないこと自体が、最大のリスクになり得る」という視点を、強烈に取り戻す必要があるのではないでしょうか。
最後に
中国経済の先行きは不透明です。しかし、「機会を逃したくない」という彼らの貪欲なエネルギーの根底にある考え方は、閉塞感のある今の日本組織にとって、重要な示唆を与えてくれているように感じます。
「失敗のリスク」と「機会を逃すリスク」。御社の経営会議では、どちらの天秤が重くなっていますか?
今後のアクションのご提案
このコラムの内容を、貴社の役員会やマネジメント研修の冒頭で「問題提起」として使ってみませんか? 「我が社が恐れているのは『失敗』か、それとも『機会損失』か?」というテーマでディスカッションを行うだけでも、組織の空気を変えるきっかけになります。
もし、硬直化した組織風土を変えたい、リスクを恐れずチャレンジする人材(女性リーダー含む)を育成したいとお考えであれば、ぜひ一度お話ししましょう。現状の課題に合わせたワークショップやコンサルティングプランをご提案させていただきます。